▶月に住んだ淑女 (ユングが診ていたトラウマを受けた女性患者の空想について。)

 

 

彼女は月に住んでいた。

 

 

月には人は住んでいないと思われたが、人が住んでいた。

 

 

だが初め彼女は、男性だけを見た。

 

 

彼らがかつて彼女を連れて来たのだが、

 

 

彼女を、子どもたちや妻たちが保護されている月の地下に住み家に降ろした。

 

 

というのは、そこの高い山の上に吸血鬼が住んでいて女や子どもをさらい殺してしまうからだ。

 

 

それで、月の人々は死滅するのを恐れているのだ。

 

 

それが人口の半分の女性が月の地下に住んでいる理由である。

 

 

の患者は月の人々のために何かをする決心をし、

 

 

吸血鬼を滅ぼすことを計画した。

 

 

長い準備期間の後、彼女はこの目的のために建てられた塔の台の上で吸血鬼を待った。

 

 

たくさんの夜が過ぎて、ついに彼女は

 

 

怪物が遠くから彼女に向かって大きな黒い鳥のようにはばたきながら近づいて来るのを見たのである。

 

 

彼女は長い生贄のナイフを取り出しガウンの下に隠して、吸血鬼のやって来るのを待った。

 

 

突然彼は彼女の前に立っていた。

 

 

彼は数対の翼をもっていた。

 

 

彼の頭と全身は翼でおおわれていたので、彼女は羽以外には何もみることはできなかった。

 

 

不思議さに打たれて、彼女は彼がほんとうはどんなふうなのか見たいという好奇心にかられた。

 

 

彼女は手をナイフにあてて近づいた。

 

 

すると突然翼がひらき、

 

 

この世のものとは思えないほど美しい男が彼女の前に立っていたのである。

 

 

彼は彼女を翼のついた腕の中にしっかりと包み込んだので、

 

 

彼女はもはやナイフを使うことができなくなった。

 

 

いずれにしても彼女は吸血鬼の容貌にひどく魅せられていたので、

 

 

おそらく打つことはできなかったであろう。

 

 

彼は彼女を台の上から引き揚げ、彼女と一緒に飛び去った。

 

 

参考文献

Jung, C. G. (1963)Memories,Dreams.Reflections.New York:Random House.『ユング自伝 1/2』河合隼雄・藤縄昭ほか訳(みすず書房 1972/1972年)