愛情不足で育った子ども


愛情を十分に貰えなかった子は、それを自分で認識している時点で、人生において愛情の問題で悩み続けています。普通の家庭で育った人は、自分が愛情を貰えていないかどうかについて考えたりしません。愛情を貰えなかったと自分自身で認識したり、思いこんだりすることで、不運な宿命を背負って生きていくようになります。

 

親から愛情をもらえずに、関心をもたれない子は、愛情や温もりを肌で感じる経験が少なかったと言えます。親から愛情をもらえずに、放置されている子は、自分の存在が否定されていると感じるために、消えたい、辛いと思います。親の愛情不足が続くと、子どもは影が薄くなり、存在が小さくなり、隅っこの方で縮まり、自分の居場所が無くなって、色も無く、個性も出なくなります。子どもは、自分の意志や力で人生を築いていくことができない段階にあるので、親の言動や家庭の状況が鏡写しに反映されると言えます。

 

愛情不足で育った子は、愛情が無かったことによる障害を乗り越えるのが大変です。人によっては、もの凄く傷つきやすくなり、深刻なトラウマ的経験に繋がる場合があります。愛情を貰えなかった子は、親に愛情を何度求めても、傷ついて終わりの繰り返しで、怒りや恨みになるだけでした。愛情が手に入らないことで、絶望を味わい、どうせまたひどい目に遭わされるとか、どうせ愛されないと無表情になり、体が凍りついていきました。

 

愛情を貰えない子は、親に無関心な扱いを受けることにより、人に心を許せなくなります。自分の弱みを見せたくなくて、強い自分を見せたり、愛情の飢えを克服しようとして、人に認められようと頑張ります。しかし、人が認めてくれないと、ストレスになり、自分の弱さが怒りになります。愛情を貰えなかった自分は価値がないために、人に認められようと努力し、一方、愛情不足な人ほど、周りを警戒して、周囲を拒絶してしまいます。しかし、実際には人に認められたくて仕方なく、愛情が不足するほど、他のもので満たそうとか、人に頼りたいという依存心が出ます。

 

愛情不足で一番辛いのは寂しさで、それを一人で我慢しないといけません。普段から元気がなく、悲しさで、外の世界の人達と違うと感じます。皆でわいわいと遊べなくて、物静かで距離を置くようになっていき、世の中を高い所から俯瞰して見るようになります。そして、欠落しているものを、食欲や物欲など外からの刺激で埋めるなど、愛情の代わりを探します。一方、心の中では、自分にはその入手は困難であると諦観のまなざしで生きています。

 

それらの寂しさを跳ね返して、自分に強みをみつけて努力できれば、親からの愛情が不足していたとしても自分で人生を切り開いていくことができます。しかし、子どもの頃に、それほどの意識と強さをもつことは難しいため、自分の思っていることや悩みなどを聞いてくれる人や友人をもつことが大切です。心身を閉じて硬直する前に、誰かに話せるときに、縮まった心や身体を伸ばしていくことが重要です。